6月のある夜、NHKで素晴らしい番組が放送されていました。
自分の尊厳を守りたいと安楽死を望んでいる、難病の女性のお話です。
2回観ましたが、心、身体が激しく揺さぶられる衝撃。
テレビ番組でこのような感覚を味わうのは初めてのことでした。
番組の内容をとても詳細に書いたページがこちらにあります。
記事を読み進めていると、安楽死を希望した小島ミナさん(記事では小島さんと書かれていますが、番組ではミナさんとあったので、以後、ミナさんと表します)の見た目の若々しさ、でもこの疾病特有の言語障害が始まって話す力も失われ始めているので。ゆっくりとしか話せず、話し方がたどたどしかったことなど、今もその姿、声が頭の中に浮かんできます。
亡くなる間際の、命のともしびみたいなものが、すーっと消えていく感じも忘れられません。
タイトルにも書きましたが、この番組についてBPOに申し立てがあったというニュースがありました。
NHKが放送したNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」について、障害者や難病患者らでつくる日本自立生活センター(京都市南区)が2日までに、「報道内容は、自殺を賛美しないとのNHKや放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送基準に反し、刑法の自殺幇(ほう)助罪が適用される案件であり、公共放送として不適切」なとして、BPOに審議を申し立てた。
申し立て内容は、
▽報道された死はスイスで正式には幇助自殺▽自殺幇助団体や死に方が紹介されていた▽障害ある生を否定し、人工呼吸器使用者の生の尊厳がないがしろにされている▽生きるための支援の提供先が示されていないーなどと指摘。『自殺を問題解決法の一つであるかのように扱わない』とのWHO(世界保健機関)メディア向け自殺予防手引や、NHKなどの放送指針に抵触する、と指摘している。
感情を揺さぶられながら、泣きながら番組を観ていた私からすると『ちゃんと観ていたの?』と言いたくなる申し立て内容です。
『安楽死したい!』と思っても、おいそれと簡単に実行に移せない様子を、番組では丁寧に描き出していました。
審査、スイスに渡航できる心身の状態を保つこと、医師の証明などなど。
お金の問題もあるでしょうし、言語の問題もあるでしょう。
もちろん本人の強い意志を示さなければいけません。
ミナさんは、タブー視されている安楽死の議論が、日本で深まることを望んでいました。
死は誰にも訪れるもの。
でも、忌み嫌われるものでもあるようで、尊厳死含めた死に方についてだけでなく、死について話せる土壌が日本にはまだないように思います。
7月のDOORSで参加した『Deathカフェ』は、そんな日本で死について考えることのできる、とても素晴らしい場だったなと改めて思います。
自力整体、『Deathカフェ』2つ。3つの講座をはしごしました(^_^)/【DOORS】 - 今日もよい日
ここからは私の個人的な想いを。
私の死生観は、経験してきた身近な人たちの死の様子(死にざま)がベースにあって、生活の中にうっすらとある仏教の考え方と、ヨガで学んだあれこれが混在したものです。
たくさんのチューブにつながれて、機械に管理されながら、言葉を発することも食べることもできない。そんな状態を維持する延命治療は、私は施されたくありません。
口から食べられなくなったら、もうそのまま何もしないでほしい。
ただ、痛いのは辛いので、痛みのコントロールだけしてもらえたらありがたい。
自然死(老衰によって死ぬこと)が死因の第3位に上がってきていて、注目されるようになっています。
自然死で亡くなる人の増加、自然死を望む人が多くなっているという情報について『医療費の節約のためのプロパガンダなのでは?』と思う人もいるようです。
すでに超高齢化社会に入っている日本。
国の予算に占める医療費はとても大きな問題で、国が破綻しないためには、みんなで考えて、それぞれがその時が来たらどうしたいかを考えなければいけないと思っています。
死について、死に方について、個々の考え方の違いがあって当然です。
今日現在、元気な私は、延命治療はしてほしくないという考え方です。
家族は反対するかもしれませんが、そんな考え方も認めてほしいなと思いますし、安楽死も同じように、死に方の選択肢の一つとして議論が始まってもいいのではないかと思います。
障害ある生を否定し、人工呼吸器使用者の生の尊厳がないがしろにされている
申し立ての中にこんな一文がありましたが、ちょっと違うんじゃないかと思いました。
番組の中には、ミナさんと同じ難病を患っている女性も登場していました。
これからも生きていくために、人工呼吸器をつけることをを選択し、頑張っている女性です。
それぞれの立ち位置があり、見ているものが違うのは理解できます。
しかし、申し立てのような内容を、大きな声で世の中に向けて叫んでしまったら、ミナさんとそのお姉さんたちが苦悩しながら、迷いながら、時間をかけて出した結論、選択、その結果を『ないがしろ』にしてしまっているのではないかと思うのです。
申し立てについてNHKは
と回答しています。
観ていた私も『死についてのあり方』を考えるいいきっかけだなと思いました。
人の死に際に立ち会ったことのない人、希死念慮がある人、死は遠いものだと思っている人、逆に死についていろいろ考えたい人など、今生きている人すべてに、この番組のこと、ミナさんのことを知っていただけたらと思います。
BPOに申し立てがあったことは、番組を知ってもらうという意味では、逆説的によい作用をしたのかもしれませんね。
この本を注文しました。
ミナさんをスイスの自殺ほう助団体(この呼び名がいけないのでは?)「ライフサークル」とつなげた人が書いたものです。
ミナさんは最期に
「すごく幸せだった。」
という言葉を発して、眠るように、しばらくして旅立たれました。
私がどんな死に方をするかはわかりません。
でも理想形として、ミナさんの旅立ち方を覚えておきたいと思いました。