初めて渋谷の Bunkamuraシアターコクーン というところに行きました。
道に迷いました(笑)
今回の演目は 切られの与三(きられのよさ)。
[与話情浮名横櫛](よわなさけうきなのよこぐし)という歌舞伎の演目に、講談、落語などでの解釈を混在させた、新作に近い作品だそうです。
主人公 与三郎(よさぶろう)を七之助さん、与三郎の運命を変える女性 お富(おとみ)の役は梅枝さん(時蔵さんの息子さん)。
この組み合わせは、[桜の森の満開の下] の夜長姫と早寝姫姉妹(笑)
今回は恋人役ですか(^_^)
音楽
拍子木が鳴って、普段の歌舞伎のように唄と三味線、鳴り物で始まり(でもたぶん、録音したもの)、幕が開きます。
舞台と客席が想像以上に近いです。そこには町人たち。
歌舞伎の様式の音楽に、だんだんとパーカッションとjazzyなピアノ&コントラバスによるベースが気持ちよく重なっていきます。
こちらは生演奏(^_^)
始まりのこの曲は、全編を通してあちこちの場面で使われるのですが、躍動感のあるシーンでは本当にぴったりでした。
アニメのSNOOPYのBGMにも合いそう(^_^)
軽快なjazzが流れる中、舞台上では歌舞伎俳優さんたちの歌舞伎の演技が続きます。本当に違和感なく。
歌舞伎 × jazzってこんなに合うのかとびっくりしました。
七之助さん
阿弖流為(あてるい)を観て、七之助さんのことを好きになりました。
私は歌舞伎2年生の若輩者ですが、お姫様の役や、花魁、高貴な身分の奥様など、綺麗な役をしているときの七之助さんは最高に美しいなあと思います。
生活に疲れてたり([刺青奇偶]のお仲とか)、庶民のはすっぱな女の人([権三と助十]のおかんとか)の役はあまり好きではないのですが、今回はなんと男性の役。
去年の中村座で、七之助さんは弁天小僧(女装した男性の役)をなさっていました。
七之助さんは、もろ肌脱いで、脚丸見えで見得を切ったりしていました。
お姫様を見慣れているので、かっこいい半分、ちょっと恥ずかしい気持ち半分で観ていました(^_^;) ←お兄さんの勘九郎さんが肌も露わな姿だと『今日も気持ちよさそうに脱いでるなぁ』と思うのですが(笑)
男性のお役の七之助さんに対して複雑な気持ちになりそうなので、観に行くかどうか迷った(たぶんシネマ歌舞伎かDVD化すると思ったので(笑))のですが、観に行った方の感想を見てみると、想像以上の大絶賛。
じゃあ私も観に行ってみよう、と思ったのでした。(単純で流されやすい(笑))
七之助さんの与三郎
観た感想は『観てよかった!』です(笑)
・与三郎をお兄さんの勘九郎さん
・梅枝さんが演じたお富を七之助さん
で観たかった、などとは、全然思いませんでした(笑)
七之助さん演じる与三郎は育ちのいいおぼっちゃん。
木更津の浜辺で偶然すれ違ったよそさまのお妾さん(お富)とふっと恋に落ちる。
その場面のなんともいえない甘い気配に、どきどきもするし、初々しい恋のはじまりにほのぼのとします。
実はそこが与三郎の人生の転落の始まりなのですが、与三郎は20歳を少し過ぎたばかりの設定なので、恋している姿がちょっとうぶでかわいらしく繊細なのです。
「与三郎は、歌舞伎役者の中村七之助に似たいい男」で(by 講釈師)、吉原ではモテモテなのにね(笑)
男女のあれこれを元 深川芸者、年上のお富(梅枝さん)にリードされる形なのもいいです(笑)
与三郎がお富に逢うために髪の毛を直すしぐさに、七之助さんのいつもの女形っぽさが出てました(笑)
物語の中では、お富と与三郎が恋仲になったことが、お富を囲っている男の人(実はヤクザの親分)にバレまして、与三郎はめった斬りの半殺しの目に遭うのですが、そのシーンがとっても残酷なのです。
七之助さんが、手下のごろつきたちに囲まれ、羽交い絞めにされ、蹴られ、地面に転がされ、親分には刃物でたくさん切り付けられ、その傷の上になんと、ろうそくを垂らされる(>_<)
[マハーバーラタ] で闘う悪女の役だったとき、階段から転げ落ちた場面よりももっと衝撃的で、『もうやめてあげて~(>_<)』と心の中で思っていました(^_^;)
半殺しにされながらもなんとか生き永らえて、江戸に戻ります。
傷だらけになり、見た目も変わってしまって、家族のいる家に帰ることもできません。
ごろつき稼業を先輩にならって生業としていくのですが、初めのころは、そのごろつき加減も不慣れな感じです。
ここぞの場面では黙ったまま頬かむりを外して、顔の傷をちらっと見せるだけ(笑)
でも、強請(ゆすり)の場数を踏んでいくうちに、ぼっちゃんだったころのなりは潜め、声や話す感じも悪い人間になっていきます。
そんなすさんだ暮らしの中、死んだと思っていたお富と再会し、あれこれあって一緒に住むことになります。
そのときのお富とのほのぼのとした日常のやりとりの中に、普段の男性としての七之助さんが垣間見えるようで、とても自然な感じがしました(笑)
生活は荒れ、口ぶりは悪くなっていても、お富さんのこと、ずっと好きだったんだなあと。
与三郎は、まともな人生を送ってきていないので、生活費のためにお富を他の人のお妾さんにしようとしたり、お金もないのにご馳走の出前をとってしまうような、なよなよとして浮世離れした、情けない男性だったりもします(^_^;)
歌舞伎は、こういう『ありえない!』設定が多く、観ているうちに感覚が麻痺していきそうで怖いです(笑)
その後、与三郎は島流しに。
島から脱走し、お尋ね者になり、追手に追われる場面では、七之助さんは客席の通路にしばしば降りてきました。
階段を下から上まで一気に駆け上がったり、中央通路に立ち止まったままセリフを言ったり、顔の表情を変えたり。
また客席の3列目くらいの通路にしゃがんで隠れていたり、いつの間にか作られた中央通路の高い台の上にいたり。
2~3メートルくらいしか離れていないところに七之助さんがいる。
物語の展開のドキドキと相まって、汗ばんでしまうほどドキドキしました(笑)
そして、御用提灯を持った捕り手たちとの立ち回り。
七之助さんは、階段を登ったり下りたりでしんどいはずなのですが、その立ち回りのなかで捕り手たちを馬跳びのように、リズミカルに跳び越えていく場面があります。
ヘトヘトでギリギリな様子で跳び越えていき、最後、あらためて10人以上の捕り手がずらーっと馬の形で一列に並びます(笑)
七之助さんは一瞬、間をおいて『えーーーっ?(^_^;)』みたいな顔をして、3人目くらいまではしんどそうに跳んでいくのですが、そこからスイッチが入り、とてもリズミカルに、軽快に跳び越えていく(笑)
場内も拍手喝采大盛り上がりでした(笑)
お兄さんの勘九郎さんの身体能力がすごいことわかっていましたが、七之助さんもなかなかすごいです(^_^)
そういえば、お兄さんは早替わりも見事ですが、今回の七之助さんも早替わり(ボロボロの着物から、今でいうチェックの柄の綺麗な着物にいつのまにか変わっている)と瞬間移動みたいなマジックを見せてくれます(^_^)
与三郎が見得を切るときには、袖まくりをし肩のあたりまで露わになり、着物の裾を割って足を大きく前に一歩踏み出します。
腕とふくらはぎはそうでもないのですが、露わになった太ももがとても立派!
とても男性的で肉感的。弁天小僧を観たときに感じたこっぱずかしさは全く感じませんでした。
(「ふんどし履いているのですが、その下にはTバック履いてるんですよ!僕、女形なのに!」とインタビューで答えていました(笑))
そして見得を切ったときの表情や角度、佇まいが素敵(〃'▽'〃)
これまで見てきた七之助さんとはずいぶんと違う感じで、美しさもありながらの男らしさ、力強さ。
でもどこからか、さわやかな風が吹いているようです(笑)
男性の役では、綺麗な若武者やちょっと病弱な殿様みたいな役しか観たことなかったので、今回の男らしい役はとても新鮮でした。
客席通路でセリフを言うのですが、どこから声が出るのだろうと思うくらいの力強い声。女形のときとは違う声です。
客席の隅々までしっかり届く声。
歌舞伎役者としての鍛錬の成果なんだろうなあと思いますし、すごいなあと思いました。
与三郎は、お富と恋に落ちたことで転落人生が始まるのですが、悪い人間になっていくのに、リードしていく人がいます。
ごろつき稼業のときの蝙蝠安(こうもりやす、という名前の人)もそうなのですが、実は、お富がそれ。
顔をはじめとする34ヵ所の切り傷のせいで、世間から隠れるように過ごし、その後、生きるためにごろつきになってしまったけど、元はいいおうちのぼっちゃんである与三郎に、お富はあれこれと悪知恵を付けていくのです。
自分の2番目のご亭主(実はすごい恩人)から金を巻き上げるための画策をしたり、人を殺したことのない与三郎に殺し方のアドバイスもします。
お富はこのお話の中では、流されるまま次々と3人の男性に囲われるという役です(^_^;)
生きていくために必死なんでしょうけど、なんとも短絡的。女のずる賢さ、怖さみたいなものもあります。
物語のクライマックス、[薬と生き血をミックスしたものを飲むと、傷がすっかり消えるからどうか私の血で]と、島流しの時に知り合った久次(扇雀さん)が懇願する場面。
私だったら死にそうになってる久次を刺して生き血を頂戴し、顔や体にの無数の傷を消してしまうでしょうけど、与三郎は飲まない選択をします。
従来の演目では、飲んで、傷も消えてハッピーエンド、なんだそうですが、飲みません。
そして最後の場面。
これまでと同様に、傷だらけの与三郎が一人ぼっちで座っています。
だーれもいなくて、セットもなんにもない舞台にぽつんと1人きり。
背後には青い空と白い雲の映像。
すっきりと綺麗な場面です。
まるで悪い夢から覚めたような。
でもまだふわふわとした夢の中のような。
空に向かって「しがねえ恋の情けが仇…」という有名なセリフを寂しそうに、でもほっとした感じで口にします。
このセリフは、全身傷だらけになってから初めてお富と再会した場面で、啖呵を切るようにお富に投げつけるセリフです。
その記憶があるから、この脱力したような諦めたようなセリフ回しが、なんとも切なく、哀しく感じられました。
お富はそれより前の場面で「与三さんは走り続けてね。また会おうね、江戸で。または江戸じゃないどこかで。」みたいなセリフを言っているので、いまはもうお富とは逢えない関係になっているということ。
与三郎は孤独です。
傷を消さない選択をした(=これまで生きてきた痕跡は消さない、という解釈もできるそう)与三郎は、これからも傷だらけのまま、さらに傷を重ねて(与三郎を殺そうとするときにお富が言ったセリフから)、居場所を求めて、生きていくんだろうなあという印象の最後の場面でした。
観終わって
周りの何人かのお客様は、途中からハンカチを目頭に当てたりしていました。
当然、私も!(笑)
疑ってかかっていた七之助さんの男役、それも主役。
みなさんの大絶賛を信じてよかった!観てよかったです(^_^)
お兄さんとセット(特に恋人役など)で出てくると、その安定感とぴったりはまるさまが素晴らしいのですが、今回はお兄さんは不在。
七之助さんの出るお芝居にお兄さんがいないなんて、たまにしかないこと。(勘九郎さんは、大河ドラマの収録のため、今年の舞台出演はかなり控えめなんだそうです。それとこんなお仕事も(笑) ↓)
七之助さんは立派に主役をつとめていました。
男らしい立役としての七之助さんも私には目新しいのですが、ところどころに儚さとか甘さとか弱さ、可愛らしさをミックスした与三郎の佇まい。
七之助さんの演技の幅の広さみたいなものを見たような気もします。
本当に観てよかった(^_^)
切られの与三もあと1週間で終わってしまいます。(31日まで)
お話を端折ってるところが多々あるそうなので、観に行かれる方は、あらすじを頭の中に入れておくことをおすすめします。
私も東京に近いところに住んでいたら、もう一度観たいくらいですから、観るかどうか迷っている方はぜひぜひ(^_^)/
この絵、あまり好きじゃなかったのですが、演出の串田さんがラフスケッチとして書いたものを七之助さんが気に入って、串田さんがさらに着色や切り貼りして、ポスターになったんだそうです。凄い。